英雄たちの選択 後白河法皇

英雄たちの選択 後白河法皇 テレビ

2022年11月9日(水)の「英雄たちの選択 選」「”日本第一の大天狗”後白河法皇」でした。
これは2022年6月29日(水)放送の再放送だそうです。
以下、まとめと感想と少しネタバレです。

今回は源氏と平家の運命の鍵を握った後白河上皇の実像に迫ります。
乱世を生き抜いた後白河院の生き様はすごいものがあります。

今回のゲスト
歴史学者 本郷和人さん、脳科学者 中野信子さん

帝王学を学んでいない後白河天皇
兄の崇徳天皇は皇位継承者として帝王学(儒学、漢詩、和歌、管弦楽器の演奏など)を学ぶが、後白河院は母の影響で今様に熱中した。

今様いまよう・・・遊女の芸能を始まりとする当時の流行歌で七五調を基本とする
     歌の内容は恋心から仏教思想までと幅広い

あまりの熱中ぶりに父の鳥羽院からは天皇の器ではないと言われてしまう。
29歳の時、腹違いの弟の近衛天皇が崩御し、次の天皇をめぐり、父の鳥羽院と兄の崇徳天皇が対立した。
鳥羽院は後白河天皇の息子に天皇を継がせたいと思い、数年のつもりで父親の後白河が天皇になった。

保元の乱で兄の崇徳天皇と対決
父である鳥羽院が亡くなって数日後には保元の乱を起こす
崇徳上皇 VS 後白河天皇(平清盛、源義朝)で後白河が勝利

後白河を導いた平慈子(清盛の正室の時子の妹)
たいへんな美女だったが、後白河の政務にも携わる能力のある女性だった
→慈子の存在もあり平清盛を重用し平家全盛の時代となった
→藤原氏にとって代わり、平家が天皇家と近づき新しい時代を築こうとした

東山に広大な法住寺殿を築く
その北には平家一門が住む六波羅があり、平家との強い結びつきがうかがわれる
北側には三十三間堂、池の面して最勝光院(阿弥陀堂)があった
→藤原定家も天下第一の仏閣と称えた

平家の後押しもあって治天の君となった後白河院

後白河院と清盛の関係が悪化
慈子が亡くなってしまって、間を取り持つ人がいなくなった
鹿ケ谷の陰謀(清盛の暗殺をもくろんだ)で対立は決定的となった
安徳天皇が産まれたことで後白河の立場は悪くなった(次が産まれたことで上皇を退くことができるから)
・治承3年の政変(後白河院が幽閉
→幽閉された後白河院を救うという名目で源頼朝、木曽義仲が挙兵
・平清盛が亡くなる(後白河院は今様を謳って喜んだといわれる)
→政権は後白河院に帰された

歴史上の第転換点 後白河の選択
一、平家とともに西国へ移る
二、平家を見捨てて京にとどまる

木曽義仲の勢いが増し、平宗盛はこのままでは勝てないと踏み、三種の神器、安徳天皇、後白河上皇を連れて西国へ行くことを決断する。

<本郷先生>選択一を選ぶ
・当時の先進地域は西国で、東国は田舎だったので西国に行くことに抵抗はない

<中野先生>選択二を選ぶ
誰も信用していないので、平家と運命を共にするという発想がなかったのではないか
年齢の問題(60代)もあったのではないか

<磯田先生>選択二を選ぶ
平家について行こうにも清盛クラスの人間がいないと考えた

後白河院の選択は、二の平家を見捨てて京にとどまる
平家は極秘裏に都落ちを計画したが、後白河院の耳にいち早く入り、法住寺殿を脱出し、比叡山に逃亡した

木曽義仲に二度目の幽閉をされる
・京にやってきた木曽義仲は皇位継承に口を出し、後白河院は反発するも幽閉
・源義経により助けられ、木曽義仲を討ち、壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した
・源頼朝により義経は命を狙われた為、義経の助けに応じて頼朝を討つよう宣旨を出す→源頼朝に「日本第一の大天狗」と罵られる

後白河上皇を支える唯一の武家となった源頼朝
・後白河の独断を防ぐため公卿が合議で政治を行う体制を構築
・義経追討の名目で守護・地頭を配置する権利を獲得
(武士の所領拡大の願望をかなえる)
法住寺殿を再建

後白河院は66歳で崩御する一か月前、病床に伏しても今様を謳い続けていた

【番外編】スタジオの専門家による後白河院の評
・官僚システムに興味を示さず
・合理的ではない
・行き当たりばったり
・人脈が広く、色んな人の話を聞くことができる
かなり個性的な方だったようです・・・

★★★★★★★★★★
後白河院の人生はジェットコースターのようです。
この人は今様が生涯好きで、亡くなる一か月前でも謳っていたという変わった人です。
中継ぎで数年天皇になるだけだった人が結局30年も権力の座につくという、人生分からないものですね。

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