ブラタモリ 苫小牧

ブラタモリ 苫小牧 テレビ

2022年11月5日(土)の「ブラタモリ」「苫小牧~苫小牧はなぜ日本有数の工業都市になった?~」でした。
以下、まとめと感想と少しネタバレです。

苫小牧といえばフェリーって知りませんでした。
苫小牧は日本最大級のフェリーターミナルだそうです。
タモリさんは真近でフェリーが見られて大満足でフェリーについて語っています。
今回は苫小牧が工業都市になったヒミツを解き明かします。

今回のタモテバコ:苫小牧はなぜ日本有数の工業都市になった?

今回の案内人
苫小牧市教育委員会 学芸員 武田正哉さん
北海道大学 特任教授 中川光弘さん
水力発電所 責任者 新庄正樹さん
製紙工場案内担当 小松美香さん

今回のルート
①苫小牧港
➁支笏湖
➂水力発電所
④製紙工場
⑤苫小牧港
⑥美々川

工業都市と支笏湖の成り立ちの関係とは?
苫小牧の北にある支笏湖=カルデラ湖(火山の噴火による大型の火口に水が溜まってできた湖)が苫小牧の発展に関係している

支笏火山の噴火がきっかけ
元々札幌から苫小牧を結ぶ地域は浅い海
(北海道が西と東のエリアに分かれている)
          ↓
支笏火山が噴火して火砕流の大半が東方向に流れ、札幌も苫小牧も火砕流に飲まれた 
          ↓
火砕流によって土地が繋がり、札幌や苫小牧などの平地のエリアができた
→工業都市の土台となる平地が誕生した

支笏湖と苫小牧の関係とは?
支笏湖の豊富な水を利用した水力発電所(明治43年創業)があり、支笏湖は水力発電に適した湖である
・水量が多い
・水がキレイでタービンを傷つけない
・水深が深いので冬でも凍らない(不凍湖)

自然の地形で水力発電に適した土地となった
・支笏火山から流れた火砕流で台地が平らになった
・支笏湖から流れる川が火砕流の土地を削り130メートルの落差を生み出した
・水は高さを保ったまま川を進み、一気に川底に流すことで発電する仕組み

創業100年超の歴史ある水力発電所で創業当初からの機械も使われている
→電力が生み出され工業都市の原動力となる

工業都市の始まりの場所:製紙工場
新聞紙不足から製紙工場が作られることになった
→製紙工場を稼働させるために水力発電所が作られた

・貯木場から工場まで2メートル下がっており、自然の勾配を利用して送木水路で木材を運ぶ
・水に浸かっているので木材が柔らかくなり皮が剥きやすくなる
・完成した紙は新聞紙以外にマンガに使われている(手に馴染む質感、透けにくい)
現在でも1割ほどの紙に丸太のパルプが使われている

工業都市へ更なる発展のヒミツとは?
苫小牧港が取り扱う貨物は北海道で取り扱う貨物の半分以上
臨海部には約100社が進出している

苫小牧港は長く水深も深い港(堀込式港湾、土地を掘って作った港)
通常は埋め立てて港を作る→堀込式はとても珍しい
・元々外海に面しており、波風を遮るものが何もなく港には不向きだった
・しかし砂浜に港を掘りこむことは不可能だと考えられていた(入口が砂で埋まる為)
砂の侵入を防ぐため防波堤兼防砂堤を作った
・その後堀込式湾港を作った
→企業が続々進出し、日本有数の工業都市へ

工業都市 苫小牧の原点とは?
苫小牧の原風景、湿地帯が広がる美々川エリア
苫小牧はアイヌ語で「ト マコマナイ」ト=沼 マコマナイ=山の奥につながる川
アイヌの人々は川沿いに居を構え、川を使って移動していた
・江戸幕府が定めた交易と行政の拠点の会所でもあった
(川を移動して、日本海側と太平洋側を行き来できる)
→アイヌの時代から物流の拠点だった

★★★★★★★★★★★★
苫小牧の地形が工業化に適した部分と努力により適応してきた部分と、地形的に潜在力があったことを知りました。
今回は風が強くて、お二人とも少し寒そうでしたね。

今回のタモリさんの衣装
紺色のコート
ブルーのチェックのシャツ
明るいブルーのニット
黒のパンツ
黒のスニーカー

今回のランチ:残念ながら写真はありませんでした。

ブラタモリ 毎週土曜夜7時半~ NHK総合

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