新プロジェクトX 明石海峡大橋

新プロジェクトX 明石海峡大橋 テレビ

2024年5月11日(土)の新プロジェクトX
世界最長 悲願のつり橋に挑む~明石海峡大橋40年の闘い~でした。
以下、まとめと感想と少しネタバレです。

1940年当時世界第3位の長さのつり橋だったアメリカのタコマナローズ橋は

強風の影響で落橋した。
それから17年、世界一のつり橋を夢見た神戸市長、原口忠次郎さん。

この橋がかかるまでは 私は死にきれませんよ            原口さん

神戸市長・原口さんがみた四国
・戦争前内務省に勤めていたため四国の現状を知っていた
・交通網の整備が遅れ、豊かな水産物を阪神地方に大量輸送するすべがない
・明石海峡では水難事故で何人もの人が命を落とした
・橋の建設は阪神地方にも大きな恩恵を受けると訴えた

市議会で橋の建設を訴えたが、耳を貸すものはいなかった。

人生すべからく 夢なくしてはかないません           原口さん

・何度も国への陳情を続ける
・毎月調査月報を作り、海外の最新のつり橋技術を翻訳、メーカーに配り続けた
・構想から16年、動きかけた橋の建設はオイルショックでとん挫した
・着工を待たず原口さんは亡くなった

橋の見える場所に葬ってほしい            (原口さんの遺言

明石海峡に橋をかける難しさ
・水深が深くつり橋しかない
・激しい潮流で海中工事は至難の業
・神戸と淡路島の距離は約4キロあるが、世界的にそれだけの長さのつり橋はなかった

神戸製鋼・三田村さんの夢
・アメリカでかかっている橋より大きなものを作りたいという夢を抱く
・部下の穐山さんに『調査月報』を渡すとむさぼり読むようになった

いつかは明石                       神戸製鋼・三田村さん

明石海峡大橋・ワイヤーの運搬方法を探す
神戸製鋼・穐山さん
・新日鉄と神戸製鋼で強力なワイヤーを共同開発
・ケーブル1本につきワイヤーを千本束ねる必要がある
・今までは数本づつ渡して人力で束ねていたが膨大な手間がかかる

ワイヤーをあらかじめ束ねておく工法が日本では行われていた(大きくない橋で)
・ワイヤーを束ねる工法が明石海峡大橋でも使えるか検証すると

3000メートルあたりでたるみが現れ、束がばらけてしまった
・ワイヤーを巻くリールをぎりぎりまで大きくした

橋の建設は地元の人たちの悲願
工事の現場監督を務める黄河ブリッジ・古田さん
父は神戸市出身、母は淡路島出身
垂水観測塔の存在で原口神戸市長の想いを知る
家族のため、地元のために橋を作る仕事を選ぶ


1993年ケーブルを渡す工事が開始
世界に類を見ない方法がとられた
・通常は船を使ってパイロットロープという細いロープを渡す
→1日1500隻が行き交う明石海峡では海を横切ることができない
ヘリコプターによる空中架設
・ヘリでロープを輸送、塔の上で鳶たちにロープの端を下す
・鳶がロープをセットするともう一つの塔に飛びロープをセットし完了
・束ねたワイヤーは無事4キロを渡しきり、この作業を580回繰り返した


1995年阪神淡路大震災が襲う
・海峡の幅が1メートル伸びる
・300メートルの主塔は40センチ傾いただけで安全の範囲内だった
地震からか月後工事再開した
・夏を過ぎると季節風が吹き潮流が激しくなるため難しい橋桁の工事を急いだ
・クレーン船で橋桁と工事機械を一気に運ぶ作業を行いか月の遅れを取り返した
10年の工期を守り、死亡事故ゼロだった

1998年4月 総重量9万トンの橋が完成した
・橋のたもとには原口市長の言葉が刻まれている
『人生すべからく  夢なくしてはかないません  原口忠次郎』


★★★★★★★★★★★★★★
最初は神戸市長の原口さんの想いから始まったものだったんですね。
原口さんの作っていた調査月報や観測塔を見て、他の人たちも

いつか明石海峡に橋をかけるんだと思うようになったと思うと
夢を見るってすごいことだなと思いました。
橋が架かるずっと前に亡くなっていた原口さんのモニュメントが橋のたもとに

あるというのが、原口さんの影響力のすごさだなと思いました。

新プロジェクトX 毎週土曜午後7時半~ NHK総合

見逃した方はU-NEXTでどうぞ。
今なら31日間無料体験。


U-NEXT

タイトルとURLをコピーしました